コロナ禍は社会を大きく変容させました。我々はオンラインでのコミュニケーションやデジタル化の促進という大きな渦に翻弄されています。そのなかで、遠くにいる研究者とオンラインで集うということは、数少ない喜びでありました。
昨年秋のシンポジウムは「つながる喜び――江戸のリモート・コミュニケーション」と題しましたが、それを受けて今回は、我々が体験したオンラインでの「つながる喜び」の先を考える機会にしたいと思います。国や地域を越えてオンラインでつながって、デジタル化が進んでいく、その先にある古典文学研究や教育の課題について、様々な取り組みから見えてくる課題や今後に向けた知見を共有します。
このシンポジウムでは、日本近世文学会が長らく普及を行ってきた「和本リテラシー」に関わる事柄、そして古典籍から情報を得て翻刻をするという、この本学会員にとって研究の基礎ともいうべき行為に焦点を当て、デジタル時代にどう研鑽し、どう活用するのか――そして我々が得たものを未来にどう残していくのかを考えます。
我々がつきあうことになるデジタルのシステムは決して魔法ではありません。出来ること、出来ないことをきちんと理解することで、おのずから、我々がなすべきこと、そして我々の仕事の意義が見えてくるのではないでしょうか。
海外での和本調査を通して、和本の知識を得たいと希望する日本研究関係者が多いことを知り、欧米を中心に和本ワークショップを行ってきた。折しもオンラインでの大学授業配信が世界の流行となり、勤務先でも行うことになったので、経験を活かしたコースを公開してきた。新型コロナの流行は、その受講をしやすくしただけでなく、より高度なオンラインセミナーの開催を促進させている。このような現状を簡単に紹介するとともに、こうした傾向がもたらす未来について私見を述べてみたい。
■慶應義塾大学附属研究所斯道文庫
■Future Learn: 和本から見る日本
■Future Learn: 慶應義塾大学のコース
■2021年春 慶應義塾大学展示
(カラーヌワット・タリン氏くずし字認識デモあり)
慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授(文庫長)。専門:日本古典書誌学・中世和歌文学。MoocsのFutureLearnで慶應義塾大学が提供している、和本に関する2コースのリード・エデュケーターを務める。著書:『日本古典書誌学論』(笠間書院、2016)。
未翻刻の資料を自分で解読するのは、中野三敏氏が述べる「江戸人の眼を持つ」ことに繋がり、斬新な知見を生み出す元となる。海外の研究者にとっても、近年、この能力を身につける重要性が認識されつつある。ケンブリッジ大学で毎年開催されるサマー・スクールは、八年間にわたって二〇〇人の若手の研究者を育ててきた。本発表では、原文を速やかに読み、忠実な翻刻を作成するためのAIの役割を検討し、外国人の和本リテラシー教育にどのような形で利用すべきか、その未来像を論じる。
■ケンブリッジ大学:日本近世の文字を学ぶ「江戸時代のパンデミックを追う」Japanese Early Modern Palaeography “Tackling Pandemics in Early Modern Japan”
■ケンブリッジ大学:和本リテラシーのサマー・スクール
■『みんなで翻刻』とのコラボ2020年 Cambridge Alumni Magazine
■『みんなで翻刻』とのコラボ2020年 橋本先生xモレッティ先生が教室でのAIについて語る
ケンブリッジ大学准教授。専門:日本近世文学。著書:Pleasurein Profit. Popular Prose in Seventeenth-century Japan (『益から生まれる娯楽―日本における十七世紀の大衆向けの散文文学』、 Columbia University Press、2020)ほか。
国文学研究資料館の「データ駆動による課題解決型人文学の創成」は文部科学省科学技術・学術審議会の、学術研究の基本構想「ロードマップ2020」に掲載された十五計画の一つとして策定された。しかしながら、人文学・社会学分野からはわずかに1件のみの策定であり、人文学の存在感はほとんど無きにひとしい。私どもには何が求められているのか? また、何ができるのか? 立案過程で議論を重ねてきた、異分野融合、AIとの共存、国際化の推進等々の課題について、改めて本学会に示したい。
■国文学研究資料館:日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画
■国文学研究資料館:新日本古典籍総合データベース
■文部科学省:学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想ロードマップの策定―ロードマップ 2020
■日本学術会議:第24期学術の大型計画に関するマスタープラン(マスタープラン2020)
■人文学オープンデータ共同利報・システム研究機構)
■「データ駆動による課題解決型人文学の創成プロジェクト」
国文学研究資料館・教授、総合研究大学院大学・教授。専門:和歌文学、書誌学。著書:『和歌を読み解く 和歌を伝える―堂上の古典学と古今伝授』(勉誠出版、2019)、共編著『金剛寺善本叢刊 1~5』(勉誠出版、2017~2018)ほか。
我々が書籍や雑誌において行っている翻刻は、古典籍というモノから情報を抽出し、紙というモノにその情報を定着させる営為である。一方、組版や印刷を経ずに、それらの情報を電子テキストとして公開することもしばしば行われている。翻刻に関連する学術情報提供活動を分析した上で、紙面と電子テキストにおいて翻刻の志向するところにどのような差異があり、それぞれにとって望ましい作業のあり方はどのようなものなのかを検討し、具体的な「翻刻の未来」の提示を試みたい。
■マシンと読むくずし字―デジタル翻刻の未来像
■みんなで翻刻サミット2021
■TEI-C東アジア/日本語分科会
■校本風異文可視化ツール
■日本の中世文書WEB
■「ふみのは®ビューア」サンプル
■SAT大正新脩大藏經テキストデータベース
■デジタル源氏物語
■Koji: 日本語史料のためのマークアップ言語
■遠隔授業におけるくずし字学習についての覚書
天理大学附属天理図書館司書研究員。専門:北村季吟研究、日本古典書誌学。論文:「天理図書館蔵『源氏物語打聞』の再検討」『近世文藝』(第104号、2016)、「覆刻版における版面拡縮現象の具体相」『斯道文庫論集』(第53輯、2019)ほか。
新学習指導要領には「伝統的な言語文化」の事項が設けられ、既に小学校の教科書にくずし字学習が導入されている。学会が推進してきた和本リテラシーが文科省の教育指針の中に結果として盛り込まれた形である。そこで、従来実施してきた学会の出前授業を、実施形態、実施体制、授業形態、使用教材等に注目して整理し、その上で、あってほしい、あるいはあるべき出前授業のモデルを検討し、和本リテラシー教育(くずし字や和本を用いた古典教育)における教材のあり方について考えたい。
■日本近世文学会:和本リテラシーニューズ一覧
■同志社大学:古典教材開発研究センター
■古典教材の未来を切り拓く!研究会(コテキリの会)
■明治書院教科書『言語文化』
■名古屋大学教育学部附属中・高等学校紀要「くずし字による古典教育の試み」1~4
同志社大学古典教材開発研究センター長。元PBL(プロジェクトベースドラーニング)推進支援センター長。「古典教材の未来を切り拓く!」研究会代表。前日本近世文学会広報企画委員長。専門:日本近世演劇・芸能。著書:『竹田からくりの研究』(おうふう、2017)。「くずし字教材の開発と実践」(『和本リテラシーニューズ』五号、2020.1)。
ディスカッサント
明星大学教授、元ハーバード大学客員研究員、元ブランダイス大学客員教授。 専門:日本近世文化。編書:『古典は本当に必要なのか、否定論者と議論して本気で考えてみた。』(文学通信、2019)ほか。
司会
慶應義塾大学教授、専門:日本近世文学。著書:『山東京山年譜稿』(ぺりかん社、2004)ほか。
■マシンと学ぶくずし字/マシンと読むくずし字
■コペンハーゲン国立美術館蔵浮世絵と和本目録
■フィンランド国立図書館蔵合巻『仮名手本忠臣蔵』調査報告